武蔵大和
東村山むさしの認定子ども園の建設地は東京の西方,雑木林のひろがる狭山丘陵の麓にさしかかる住宅地にある。周辺には,雑木林が点在しており,人間の生活圏と自然が入り交じる風景を身近に感じられる場所である。東村山むさしの幼稚園が開園から40年を迎えることを機に,保育園を増設し認定子ども園として新たな環境の整備をすることになった。
幼稚園の創設時に園庭の南側に植えられた木々は40年間この地で学んできた多くの子どもたちの生活と成長を見守ってきた存在であり,その姿はいまや天空を覆い,その枝葉で子どもたちを優しく抱いているかの様である。ケヤキやクス,ナラ,タイサンボク,モミジなどの快い木陰の中,煌めく木漏れ日の下で生命力溢れる体と瑞々しい感性で感じ取り,のびのびと遊びながら自然の多様な事象を経験できる場となっている。
その雑木林の南側に沿って計画を進めることになった保育園は,子どもたちのためだけにあるものではなく,保護者や家族を支えるものでもあり,子どもにだけでなく,保育士も含めたおとなにとっても快い環境の創出が望まれ,三者の幸せな絆を紡ぐ,安心して子どもを預けることができる環境が求められた。
既存の幼稚園は運動場としての園庭を中心に北側に東西に伸びる園舎,西に体育館,東に一時保育や放課後の課外学習等のための園舎,南側には前述の雑木林がある。各施設と園庭,雑木林に園庭が緩やかに囲まれている配置であり,そこに立つと時間とともに醸成した包容力ある空間に抱かれる快さを体感する。保育園の園舎の増築計画に当たり,このような雰囲気を持つこの場の空間性を最大限活かして計画を進めることとし,既存の各施設と園庭,雑木林の配置が醸し出している,園舎や木々に優しく包み込まれながら周辺の世界とつながっている透明性のある空間性,場所性をさらに発展させることに意を尽くした。
子ども園全体の配置計画として,大きな園庭を囲む既存の空間性をさらに発展させるために,雑木林の南側に,新たな中庭を囲む透明性あるこどもたちの生活の場を併置することとした。これにより北から南へ,既存の幼稚園の園舎,運動場としての園庭,雑木林のもとで遊び学べる園庭,保育園のランチルーム,中庭,保育室のある南棟が連続し,それぞれ固有の場所性・空間性を保有しつつ,各々の透明性が保持され,敷地全体さらには敷地を超えた世界へとつながる伸びやかな空間性を,どこに居ても体感することができるように意図した。
外部の喧噪と視線から安定した子どもたちの生活の場を守るために,東側駐車場との間に南北に伸びる壁を設けた。その壁に設けられたひとつの開口が,幼稚園と保育園それぞれが自立しながらひとつに統合される子ども園への門としての役割を担うことになった。壁面の仕上げを落ち着いた色調と風合いのタイル張りとしたのは,時を経てなおこの場所に馴染み,子どもたちの記憶を未来へと紡ぐためである。壁面に大きく設けられた門を通して,外部環境と雑木林のある子どもの世界とが通じ合うことになる。アプローチに立つと,壁の上部には木々の梢が見え雑木林を予感させる。歩を進め壁へと近づくと,門を通して雑木林の足許に広がる空間を見通すことができる。壁を抜けると視界が広がり,そこでは幼稚園と保育園の子どもたちがのびのびと生活する自然と人間の生活が入り交じる豊かな環境を体感することができる。
雑木林の南側に設けられた保育園はモミの木と滑り台,築山,砂場のある中庭を囲んだ回遊式の園舎であり,透明性が高められ,死角がほとんど無く,安全な,閉塞感の無い快い開放感と暖かく包み込まれた安心感を併せ持つ,大人でも快く感じられる環境とした。中庭を取り巻く玄関ホール,回廊,保育室では穏やかな光と内外を吹き抜ける微風をいつも体感することができる。なかでも雑木林に沿って設けられた2層の高さを持つランチルームでは,空にそよぐケヤキの梢を感じつつ,明るく光る芝に覆われた中庭のモミの木や植物,楽しげな滑り台を背景に,食事や会合に参加することができ,子どもも大人も心が解放される豊かな体験を得ることができる。気候が穏やかな時には3面の開口を開け放ち,南側の中庭と北側の雑木林に張り出したテラスで会食をすることや,雑木林を背景に演劇や演奏会なども行うことも可能である。
保育園での生活は一日の始まりに慌ただしさがピークに達する。仕事に向かう前のせき立てられた心持ちで登園する保護者とこどもたちの,ともすると頑な心と体がゲートに向かう背中に受ける朝の太陽の光により和らげられ,ゲートをくぐり爽やかな雑木林を感じつつ玄関ホールに入り保育士と挨拶する頃には笑顔が見える。そのような雰囲気を醸し出す空間のつながりを演出しようと考えた。中庭や雑木林に視線が広がる玄関ホールを広めに確保し,そこには魚が泳ぐ水槽が設けられた。ホールに立つと中庭を通して自分たちの居室である保育室へと視線が向かい,自然とこどもたちの行動を促す。また前方の階段が上部から降りてくる光に包まれて,こどもたちを2階へ誘う。そして1日の生活が始まる。
夕方から夜にかけてこどもたちのお迎えのために来園する保護者たちの心と体は一日の疲れとともにある。黄昏時に周囲が暗くなるとともに,温かみのある照明が発光を始め園全体が穏やかな雰囲気に包まれると,少し寂しくなり始めたこどもたちの心も暖められ,さらにその光が外部に漏れ出し,慌ただしくお迎えに来園した保護者の心を和らげ,内部空間へと穏やかに迎え入れる。保護者とこどもたちとの再会を喜びに満ちたものとしたいと考え,このような演出を計画の中に織り込もうと考えた。
保育園が日中活発に活動するこどもたちのためだけにあるのではなく,朝から夜までの長時間にわたるこどもと親,保育士の3者が穏やかに楽しく幸せな時間を共有できる生活の場所として実現することが大切であると考えた。
この度の保育園の計画においては,単なる保育園の園舎という建物の設計を超え,四季折々の自然の醸し出す風景を感じ取ることができ,日々の天候や,太陽や雲の動き,鳥のさえずりなどといつもともにある感性豊かな人間の成長が促される場所として,長く人々とともにあり続けられる総体としての環境の創出をこころみた。
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